ホーム|話題の本|『港湾と地域の経済学』市村眞一監修・土井正幸編著
日本評論社刊『経済セミナー』(2004年3月号掲載)
「良賈看板を要せず」本書の監修者市村眞一教授による前書きはこの言葉で始まっている。まさに正鵠を射た珠玉の表現で、評者が多くを語る必要のない大分の書物である。
編著者土井正幸教授とその研究グループが、港湾と地域経済について、考えうるあらゆる角度からきわめて綿密な研究計画をたて、ここ数年間に実施した分析結果の集大成がこの書物である。
港湾にまつわる経済分析の話はそこここで耳にする事はあるが、本書ほど最新かつ広範な分析法を駆使して真正面から切り込んだ研究成果はまずないであろう。しかも実態の把握に加えて理論と実証の両面における詳細な分析に基づいた確度の高い政策論をも展開している。
全体は5章から成り、第1章は世界の主要港の港勢動向とアジア・欧州・アメリカの港湾政策の違いや、港湾整備・効率化の進展が地域経済におよぼす影響について述べている。第2章では、より具体的に荷主の港湾選択行動が中国および日本のデータを用いて分析されている。第3章は港湾取扱量と地域経済活動との関連を調べている。第4章は港湾の運営が効率的であるかどうかをどのようにして調べればよいかを教えてくれる。そして、最後の第5章では、社会資本整備がマクロ経済の動きにおよぼす効果が計測されている。すべての節の始めに「節要旨」が数頁にわたって記載されていて、これを通読するだけでも、当該分野の研究動向と分析視点を正確に把握することができる。本文にも同じ表現が出てくるので、多少わずらわしく感じるかもしれないが、よく見受けられるおざなりの章要旨ではなく、節ごとにきわめて力のこもった解説と独自の工夫が展開されている。
本書を貫く研究上の思想であり、読者に対するメイン・メッセージは、(1) 地域経済と港湾が一体になったものが、他の地域経済と港湾が一体になったものと競争しているという捉え方と、(2)
そうであるからこそ、港湾のみを分析対象にするのではなく、その港湾を含む地域経済の一般均衡分析が必要になる、という考え方である。港湾の効率化のみを追及する分析で得られる費用削減効果が果たして真の経済的な豊かさにつながるのかどうか、あるいは港湾間の競争のみを促進することが本当の意味で当該地域経済の活性化につながるかどうかという大問題を編著者らが常に考えていることに心強さを覚える。
その大問題に答えるために用いられている分析法もまた壮大である。荷主行動分析には多項ロジット・モデル、港湾のサービス圏域を特定するにはファジィクラスタリング、港湾取扱量の推計には消費を内生化した産業連関分析、中国の貿易自由化や日本の港湾効率性の改善が港湾と経済におよぼすインパクトについてはCGEモデル、その港湾効率性の計測にはDEA法、さらに社会資本整備と経済成長にはVARモデルである。いずれも、実際の推計結果を提示する前に、その手法の問題点やデータとの整合性についての留意点まで含めた繊細な解説が付けられている。その意味で本書は待望久しい最先端の研究書であると同時に優れた教科書でもある。
長年にわたりアジア・中東・アフリカ・ヨーロッパ・アメリカ大陸・カリブ諸国とまさに世界をまたにかけ、各地の港湾施設を回られた土井教授の情熱が、若い研究者に直に伝わり、多大な研究成果をあげられたことに敬意を払いたい。
(評者・太田博史/神戸大学大学院国際協力研究科教授)
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