社団法人経済企画協会編集発行『EPS(Economy Society Policy)』(2005年11月号収録)
東アジアの経済成長を分析している本は多数あるが、本書は、これまでの先行研究で提示されている諸要因を理論的に究明するのではなく、むしろこれらの諸要因をベースに急速な経済発展が果たされたという事実に基づいて、東アジアの経済発展過程における産業構造変化、所得分配、生産性に関する分析を計量的手法を用いて実証的に提示することを主な目的としている。
本書は3つのテーマに沿って考察や実証分析を行っている。第1のテーマは経済発展過程における産業構造変化とそれに伴う所得分配や平等性である。第2のテーマは生産性分析であり、経済成長に伴い生産性がどのように変化したのかを考察している。第3のテーマは持続可能な経済発展についてであり、東アジアの通貨危機と環境問題について実証分析をしている。
第1のテーマである経済発展、産業構造変化と所得分配に関しては、東アジアの経済発展過程においても、多くの実証分析が示しているように、1人あたりの所得の増大とともに農業部門産出額比率の低下また工業部門産出額比率の拡大という定型化された事実があてはまることを、記述的なデータ分析のみならずパネルデータ分析でも示している。また、クロスカントリー分析を行い、経済発展にともない所得分配の不平等度は相対的に拡大し、その後低下していくというクズネッツの逆U字仮説について、東アジアでは頑健には支持されないという結果を導き出している。
第2のテーマである東アジアの生産性については、成長会計式に基づき、全要素生産性を推定することで生産性分析を行っている。これまでの分析では、東アジアの急速な経済成長は資本などの生産要素蓄積によるところが大きく、生産性向上が伴っていないという結果が多かったが、本書の分析結果では、韓国、フィリピン、タイにおいて生産性向上があったと結論づけている。また、成長会計分析に補足的な検証として回帰分析による生産性分析も行っている。
第3のテーマでは、主に東アジア通貨危機と環境問題の実証分析を通して今後の展望を行っている。通貨危機前後の成長会計分析により、低い生産性が通貨危機発生の一役を担ったというよりは通貨危機によって生産性が大きく低下したことやそれが短期的なものであったことを明らかにしている。環境問題については、先進諸国では技術革新などにより1人あたりの温室ガス排出量が1990年から1995年までの間に若干減少しているものの、最近では二酸化炭素排出量が再び増大傾向にあることや、技術革新のスピードが排出量の増大に追いついていないことを指摘している。
東アジア経済の計量分析に関しては、一部の国を除き十分な統計データが体系的に整備されてなく困難を伴うことが多い。本書はデータの制約の中でも分析手法を工夫することで様々な有益な分析を行っており、東アジア経済の研究に大いに役立つ1冊である。
(評者/室伏陽貴)
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